–タイ、チェンマイ
「Jun! Welcome back!」
チェンマイに着いた翌日、ソンクラーンに賑わうお濠沿いを歩いていると、丁度一年前と同じ場所に、これまた一年前と同じ顔が揃っていた。
「ノン!サワディービーマイカップ!」
ノンは嬉しそうに僕にビールを勧めてくれた。
チェンマイに着いたのは前日の夕方で、空港のロビーを出た瞬間にむっとした空気が僕を包んだ。懐かしい匂いがする。嗅覚はすごい、と思った。もうほとんど忘れてしまっていた匂いなのに、嗅いだ瞬間、あれ、タイを離れたのは一昨日だっけ?とばかりに一瞬で一年前に戻ったような気分になる。
さっそくタイペーゲートまでタクシーで移動し、スミヤ君に連絡を取る。スミヤ君とはチェンマイでしか会った事がないという不思議な関係だけど、その人当たりの良さはいつも、まるで小学校からの友人のような気安さを与えてくれる。電話から聞こえてきた「ウイスキー・ゲストハウスで」という声や、一年前泊まったバナナ・ゲストハウス近辺の風景はさらに時間の感覚を失わせ、路地の角でスクーターに腰掛けて僕を待ち構えていたスミヤ君を見た瞬間、時間は2006年の4月17日に繋がった。
「おかえりー。」
「ただいま。」
「それにしても、全然変わってないなー。」
ノンとビールを飲みながらそんな話をする。相変わらず若い子たちはお濠に飛び込み、バケツで水をぶっかけ合い、たまに救急車が駆け抜け、ノンは僕のタバコとビールが濡れないように小さなバケツを被せてくれる。
「いろいろ変わったこともあるよ。」ノンは言った。
そう言われてよく見ると、昨年は見かけた筒状の水鉄砲は全然見かけなくなっていた(水圧が強くて危険だかららしい)。かわりに、見た目はごついけど水圧は弱い水鉄砲が主流になっているようだ。そして「ボーイはもうトゥクトゥクに乗ってない。」
同じように見えても、確実に一年が経っているんだな、と思った。でも一年が経った今でも、日本からおよそ8時間、このタイの一都市で、去年とほぼ同じ顔ぶれで水をぶっかけ合ったり、酒を飲んだり、鍋をつついたり出来る。そのことが単純に嬉しい。
嬉しいことは他にもあった。バナナ・ゲストハウスでカオソーイを食べに行った時に出合ったケンザブロウさんは、この後ベトナム、カンボジアと回るという。去年を思い出して懐かしくなる僕に、彼はこう言った。
「次も気になるけど…、チェンマイから移動したくねぇー。」
その気持ち分かりすぎるほど分かります。
そして信じられないことには、去年毎日のように行っていたネットカフェ「Ticky’s Cafe」に懐かしさ一杯で入ると、女主人のTickyが「あなた見たことある。…去年?」と言ってくれた。「ありがとう、よく覚えてるね。」「知ってる顔の気がした…髪型変えた?」確かに去年と違って、今は偽アフロだ。
こういう所が、それなりに街なのになんだか居座ってしまうチェンマイという場所の良さを端的に表していると思う。
5日間の滞在だったけど、今回も忘れられない出来事だらけだった。ノンの家で鍋して酔いつぶれて寝たこと。ボーイの胸に判別不能なタトゥーが入っていて笑ったこと。フィリピンから来たクーンとノンを引っ張りまわしてナイトバザールを歩き回ったこと。スミヤ君とその彼女とスクーター3ケツで、帰りにパンクしながらもタイマッサージに行ったこと。夜空を浮かぶおもちゃの熱気球を「UFOだよ」とか騙されたこと。ミスターウイスキーが面白すぎたこと。飲み屋の帰りに紙一重で野犬に噛まれそうだったこと。
そして、空港まで見送りに来てくれた皆に手を振って思ったことは、
来年も必ずここに帰ろう。
※今回メガネは無事でしたw
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