–イラン、イスファハン
バスの中の温度計が「56℃」とかいう未知の温度を表示する中、「世界の半分」と呼ばれたイスファハンに到着して一泊した翌日、僕は手持ちの現金が残り僅かになっていることを確認して銀行へ向かった。
ATMにカードを差し込み暗証番号を入力する。エラー。新生銀行のカードは使えないようだ。クレジットカードを試してみる。やっぱりエラーだ。この銀行では使えないのかと思い、その他の銀行を3・4軒周ってみる。どこか一つくらいは使えるところがあるだろう。
が、結果は全滅だった。
同じ宿の日本人旅行者に聞いてみたり、ネットで調べたところ、どうやらイランではカードが全く使えないようだ。VISAは全滅、Masterもカード決済すら殆ど出来ないらしい。
困ったことになった。というのは、カンボジア以降、何処に行ってもカードが使えたため完全に安心しきっていて、トラベラーズチェックや予備のドルをほとんど持たず現地通貨ばかりでやってきていたからだ。現在の所持金、60,000リエル。約6ドルぽっちだ。もはや安宿にすら泊まれないレベル。
他の手段を探してみたが、唯一可能なのは現地のBANK MELLI IRANに口座を開いて、東京三菱銀行から送金してもらうことのみ。または、状況を打開出来るかどうかわからないがテヘランの日本大使館を目指すか。どちらも突然一日の猶予もなくなった僕には解決が怪しいものに感じられた。
これでは自転車を買ってけいさん達に合流するどころではない。先にバスで到着した僕を追ってヒッチハイクでイスファハンに向かっているけいさん達を待っている余裕はなかった。すぐにでもイスファハンを離れ、トルコに入らなければならない。トルコに入れば使用可能なATMがあることは確認した。それにしても、トルコ国境までたどり着くにはやはりお金が足りない。
救いの神は同じ宿に泊まっていたフミさんという日本人旅行者だった。突然見ず知らずの僕にお願いされたにもかかわらず、非常に気持ちよく30ドル貸してくださったのだ。本気で神様に見えた。
丁度、フミさんの今後のルートが僕と似ていたため、トルコのカッパドキアで待ち、返済するという約束をして別れた。
心残りはけいさん達のことだが、選択肢はもう残っていない。一日イスファハンのバスターミナルで野宿して、翌日まで待ってみたがまだ到着しないようだ。結局、合流場所に決めてあったアラジンというカーペット屋のオーナーに置手紙を託して、国境方面、タブリーズに向かうバスに乗り込んだ。
全てはイランに入る前に準備を怠った僕が原因であることは分かっている。ただこの時は、カスピ海へのルート変更を許さない、運命的な何かの存在を勝手に想像したりして、僕は敗北感を感じていた。
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