カテゴリーアーカイブ 旅のこと

ノルウェー海の虹

–ノルウェー、ホニングスバーグ

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 ルーカとヴァレンチノに感謝と別れを告げてフェリーに乗り込む。
 ノールカップ方面へのバスは一日一本、夕方しか出ない上に直でノールカップには行けず、けっこう手前の街、アルタまでだという。どうしようかとインフォメーションをうろついていると「船でいけばいいじゃない」。
 船か。結構な値段がしそうだな、と二の足を踏んでしまうけど、まあもうすぐ帰るんだしケチってても仕方ないかと思い返す。なによりベッドで寝たい…と言うわけで優雅に「ナルヴィク号」という船で(しかもキャビンで)ノールカップを目指すことにした。片道20時間。
 チェックインしてシャワーを浴びて泥のように眠り、目が覚めると船はフィヨルドを横目にノルウェー海を突き進んでいるところだった。
 ときおり雲の隙間から日が差し込み、強い虹が出たり消えたりしている。その向こうに見える小さな島にいくつもの白い豆粒のような動物が見える。白熊だ。急な崖をゆっくり歩いている様はインドで見た羊みたいだ。
 これから冬が来ると、あたり一面真っ白になってしまうんだろう。
 それを見ることはなく、僕の旅はじき終わる。

最後の国

–ノルウェー、トロムソ

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 車でアビスコを訪れていたルーカとヴァレンチノの厚意によって、ノルウェーのトロムソまで一緒に乗っけて行ってもらえることになった。
 オーロラを見に行くという目的で出たこの旅行、もう目的は果たしたけど後一つだけ行っておきたいところがある。それはトモチカ夫妻に教えてもらった、ヨーロッパ(ほぼ)最北端の岬ノールカップだ。北の端まで行って旅行を終えるというのはなんだかキリがよくていいな、と思っていたのだった。それにこんなに近くまで来たならノルウェーもすこし覗いてみたい。
 ルーカが突然車を停める。
 「Photo!」
 見るとそこはノルウェー国境だった。
 アジアのものものしい国境に比べるとあまりにも「らしくない」国境に、ヨーロッパではいつも拍子抜けしてきた。通貨はユーロでなくとも北欧もやはり同様で、正直、国境というよりは県境程度にしか見えない。ともあれここからはノルウェーだ。
 北極圏最大の都市であるトロムソは夏には白夜を体験できるらしいが、もうシーズンは終わっている。それでも夜11時くらいまで若干西の空に明るさが残るあたり、緯度の高さを感じさせる。
 トロムソのユースはあろうことかシーズンオフで閉まっており、仕方ないので近くのキャンプ場へ向かう。久しぶりにあのテントの出番だ。
 「おいこのテントで寝るのか?」ルーカが言う。
 「うん。いちおう雨は防げるよ」
 「クレイジー…」
 まあ僕だってコレで寝たい訳じゃない。

サウナ・おっさん・メルダ!

–スウェーデン、アビスコ

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 僕の泊まっているユースにはシャワーとは別にサウナがある。庭に立つ小屋の中にあって、宿のおっちゃんが毎日午後8時ぐらいになると炊き出して呼びにくる。サウナ自体は日本で入ったことのあるものとさして変わりはないが、あったまった後はそのまま外に出てクールダウンする。外気温は大体5~6℃。全裸で出るため非常に寒いはずだけど、サウナの後だととても気持ちが良い。真冬でもやっぱり外でクールダウンするらしい。心臓止まるんじゃないだろうか。
 あと一つだけ大きな違いがある。混浴だ。
 老若男女かまわず裸のつきあい。そして外に出てクールダウン。僕が入った日はかわいいドイツ人の女の子2人が入っていた。心の中で思った、神様ありがとう。
 翌日、イタリア人のルーカとヴァレンチノという2人組と一緒にトレッキングに行くことに。
 ここアビスコは有名なトレッキングルート、“クングスレーデン”の出発地でもあり、宿に来る旅行者も大抵トレッカーの格好をしている。夏は過ぎたとはいえまだ雪も少なく、歩きに来る人も多いんだろう。
 とはいえ僕はトレッキング装備など皆無にしてクングスレーデンに挑むことなど出来るはずもなく(なにしろ徒歩で全長1000キロ)、せいぜい3キロ先の湖を見に行こう、ということなのだった。
 歩きながらルーカが言う。
 「もうサウナには入ったか?」
 「入ったよ」
 「誰か一緒に入ったか?」
 「うん、ドイツ人の女の子2人」
 「おお、ラッキーだったな…宿のおっさんも入ってきたか?」
 「うん」
 「やっぱりか」
 「?」
 「いや、先日俺たちとあと宿泊客の男の3人でサウナに入ったんだけど…おっさんは『私は普段は入らないんだ』とか言って入ってこなかったんだ」
 「僕のときは『私は健康のために毎日入る』とか言ってたよ」
 「『健康のため』だとー!?」
 その後ルーカは「メルダ!」と連呼していた。まあ、おっさんも男なのだ。
 ※メルダ…イタリア語でshit

オーロラ

–スウェーデン、アビスコ

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 アビスコ3日目。
 宿の猫にちょっかいを出して、庭でボケっとタバコを吸って、町に一軒だけあるスーパーに買い物に行く。湖を眺めながら線路沿いを歩いて帰って、旅行の最初から持ち歩いていた分厚いペーパーバックを読んで、猫にちょっかいを出して、食事を作る。そうこうしているうちに夜が来る。
 裏の森の奥にあるヘリポート広場は、夜になると灯りだすスズメの涙ほどの町灯りも完全に遮断される絶好のオーロラ観測ポイントだ。カメラの三脚を立て、レリーズを差し込む。今日買ってきた携帯ラジオを聴きながら月明かりの下で待っていると、手袋が欲しくなる寒さ。でも今夜はいつもより雲が少なく、かなり期待が持てる。
 北の空になんだか白っぽい部分が現れた気がした、と思ってもただの雲の切れ端…と、ここ2晩ハズレだったけど、今日のモヤはなんだか様子が違う。
 オーロラだ!白いモヤは次第に明るさを増し、動き始める。白に見えた色は次第に緑がかり、範囲も広がりつつある。間違いなくオーロラだ。
 ある程度輪郭がはっきりしてくると、風にたなびくようなその動きは、次々に光の膜が現れては消えていくことでそう見えていることがわかる。と思ったら不意に消えてしまい、しかしすぐに少し離れた場所に、より明るい輝きで現れはじめた。
 カメラのシャッターを開き、タバコに火をつける。タバコの紙が焼ける音が聞こえるほどの静けさの中、オーロラは次々と形を変え続ける。
 シャッターを切る。
 シャッターを開く。
 僕はようやく最大の目的を果たした。
 学生の頃、やっぱりこんな寒い夜に広島の山奥で、大規模な流星群を眺めて立ち尽くしたことがあった。なんだかここがどこなのか一瞬混乱して、ここが北極圏、スウェーデンの山奥ということを忘れそうになる。
 そして、この5ヶ月とちょっとの間に通り過ぎてきたいくつもの街や、出会った人々について考えた。本当に長い長い距離を通って来たことが、ともすると信じられないくらいだ。
 でも人ごみの喧騒やお香の匂い、強い日差しの作り出す影の濃さ、アザーンの抑揚、水タバコの香り、風の強さ、波の音、しょうもない会話、青臭い会話、大切な会話…そういった「旅のあざやかな部分」が、焼きゴテで押されたように頭の中にくっきり残っていて、まるで目の前にあるかのように確かに思い出せる。
 楽しかった。小学生の喋る感想みたいだけど、楽しかった。
 オーロラは小一時間ほど現れ続けた後、消えた。その後30分くらいすると、西の空から現れた雲が空一面を覆ってしまった。

北極圏の門

–スウェーデン、アビスコ

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 パンフレットによると“非常に高い晴天率”を誇るというアビスコへ到着すると、南の方角に、なにか巨大なものが抉り取ったような奇妙な形をした山が見えた。ラポーテンという名のそれは、「ラップランドの門」とも呼ばれている。
 アビスコは想像以上に小さな町で、何もすることがなさそうだ。しばらくここに腰を落ち着ける予定の僕は、むしろ嬉しかった。もう旅行も終盤にさしかかった今、ヨーロッパを駆け抜けてきた疲れも拭い去りたくもあった。
 木々は色づいた葉を散らし、名も知らない植物の綿帽子がそこらじゅうに舞っている。北極圏に入ってはじめての日差しにも出会えた。アビスコのどこからでも見える大きな湖が国道を挟んで北側に、ほんの僅かに雪を被った山々を映している。まだ出番の来ない犬たちの鳴き声が、森の奥にある犬小屋の方から聞こえてくる。
 キルナで予約したAbisko Fjallturerというユースにチェックインし、これから一週間ほどオーロラを追いかける。早速今日にも見れるんじゃないか、と期待していると、あっという間に雲が空一面を覆ってしまった…かと思うと一時間後には雲ひとつなくなっている。ものすごい移り変わりの速さだ。
 残念ながらこの日はその後空を覆った雲が晴れることはなかった。
 カメラの掃除をして眠りにつく。

ラップランドへ

–スウェーデン、キルナ

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 ストックホルム中央駅からキルナ行きの夜行に乗りこんで、ただひたすらに北へ向かう。夜が明けるとバスに乗り換えて、さらに10時間。スウェーデンの最北であるノールボッテン県はまだ9月上旬、夏が終わったばかりだけど気温は十分に寒く、とはいえまだ雪が降るほどでもなく、日本でいえば晩秋・初冬といった感じだ。
 窓から見える風景は、延々と続く森と黒くよどんだ曇り空。家もたまにしか見かけない。この地域の人口密度は1平方キロメートルに3人らしい。雨が降ったり止んだりを繰り返す。北のほうに行くと晴天率も高くなると聞いていたが、キルナのほうもやっぱり曇ってるのかな。オーロラが見えるには晴れていることが前提条件だ。
 文庫本を読んだり眠ったりして、ようやく到着したキルナのバスステーションに放り出されたら、やっぱり曇っていた。
 もし晴れたとしてオーロラは見えるだろうか。この時期は見えるのかどうかよくわからない。どこかで読んだ情報では10月くらいから見え始めるとのことで、まだ少し早い。インフォのお姉さん曰く「もうちょっと寒くならないとムリよ」。
 曇り空が尚更そうさせているのかもしれないが、キルナの町並みや風景にも特に惹かれる物はない。安い宿はないか聞いてみると、もうキルナは予約で一杯だし、アビスコに行ったほうが安いよと言われたので素直に従うことにした。

ガムラスタン

–スウェーデン、ストックホルム

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 スウェーデンの首都ストックホルムは、今まででもっとも不思議な雰囲気を持つ街だ。なじみのない文化、理解できない言葉──というのではなく、その雰囲気を生み出しているのは街の地形だ。ストックホルム周辺の地図をみればわかるように、この街は小さな島々で成り立っている(参考)。その昔やった「シムシティ」のマップ自動作成で出てきたら「こんな地形ねーよ!」と言いたくなる地形だ。あるのか実際。ここまで海が入り乱れてどれが川だか海だかわからないような街。「北欧のヴェネツィア」と呼ばれているという話にも納得だ。…ヴェネツィア行ってないけど。
 ガムラスタンと呼ばれる旧市街のカフェで本を読んでいると、向かいの広場でセロを弾き始める人がいた。そそり立つ建物に囲まれていつも薄暗い雰囲気のガムラスタンで、その人まわりだけ日が差し込んでいる。
 やたらとコーヒーがうまく感じた。

オープンテント

–スウェーデン、マルメ

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 スウェーデンの南端にして、エーレ海峡を挟んでコペンハーゲンの対岸の町、マルメ。
 遂にこの旅行程の終着国だ。この国でオーロラを見ること、それが日本を出てから今までずっと大切な目的であることに依然変わりはない。
 思えばこれまで多くの国を通り過ぎて来た。未だに自分が立っているところがずっと目指してきた土地だということに、不思議に現実感がない。でも間違いなくここはスウェーデンだ。
 さしあたってスウェーデンの首都、ストックホルムへ向かおうと思う。オーロラが見えるスウェーデン北部への列車の乗り継ぎと、日本への飛行機チケットの発券を受ける必要がある。そう、そろそろ帰国の準備もしなければならないのだ。でも今日は日も暮れてきたし、スウェーデン上陸記念に、ついさっきコペンハーゲンで購入した寝袋を使って今日はキャンプをすることにした。
 聞いた話によると、北欧はどこでテントを建てても良いらしい。とはいえ住宅地の真ん中で、というわけには行かないので公園へ向かうと、その辺りを野うさぎが駆け回っている。こんな住宅地や幹線道路沿いの公園に野うさぎが普通にいるのかー。日本では見られない光景になんだか嬉しくなる。
 さて、遂にハンブルクで購入したテントの出番だ。テントを組み立てるのなんか何年ぶりだろうか?こうかな、いやこうじゃないと試行錯誤しているうちに何とか組み立てることが出来た。しかし。
 あれ…このテント、なんか変じゃね?
 おかしい。なんだこの入口のオープンカフェっぷりは?もっと閉鎖的空間を僕は求めているのだが。組み立て方を間違えたか、といろいろ試してみるけど、やっぱりこの形にしかならない。ということはこの形で正しいということだ。いや、これテントか?どう見ても、明らかにあと半分必要だろこれ。
 どうやら、商品の袋についてたイメージ写真にいっぱい食わされたようだ。こんなビーチの休憩用みたいなテントで寝れるか!ここは北欧だぞ!?
 とはいえ刻々と辺りは暗く、寒くなってくる。なんとかするしかない。僕に考えられる最善策はこれしかなかった。
 これでどうだ
 入口部分を下にすることで何とか閉鎖性を確保。ただし床部分がないため、地べた。そこにマットレス代わりのシートに寝袋。…寒い…。
 スウェーデン第一日目はなかなかシビアな夜となったのだった。

3時間デンマーク

–デンマーク、コペンハーゲン

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 ハンブルク駅から列車でコペンハーゲンへ向かう。立ち並ぶ発電用の巨大な風車の林を越えて、海が見えてきた。北欧に入るのだ。窓から見下ろすバルト海は、外気温にふさわしい暗く鈍い色をしている。
 岬の突端で列車が止まった──と思ったら、車両ごとそのままフェリーの中に乗り込んでしまった。話には聞いていたけど、本当に列車ごと船に乗ってしまった。おもしろい。対岸に着くまでは乗客は列車から降り、フェリーのラウンジでくつろげる。そして再び列車に乗り込み、線路に戻った列車はコペンハーゲンへ向かう。
 コペンハーゲン駅に着いてとりあえず両替をする。ユーロ通貨圏は出てしまったので、久しぶりの両替だ。デンマークの通過はデンマーク・クローナ。硬貨のハートマークがかわいらしい。
 駅構内にあったキャンプ用品店でようやく寝袋を購入。これでキャンプの最低限の装備は整ったといえよう。
 デンマークでの観光よりもオーロラ追跡のほうに時間を費やすために、その日のうちに長い橋を渡って海の対岸、スウェーデンのマルメという町へ。結局コペンハーゲンには3時間、しかも駅舎から出ないままの滞在だった。

1泊2日ドイツ

–ドイツ、ハンブルク

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 前日駅舎で野宿だったため、ここハンブルクではちゃんと早めの時間に到着し、ツーリストインフォでホステルを紹介してもらい、電話でしっかり予約して宿を確保した。というかそれが普通なのか…思えばこれまでのヨーロッパ各地で「なぜ日本人は予約せずに来るんだ?」と言われてきたのだった。なんだ皆そうなんじゃないか。いやいや、是正しなければ。アジア気分ではやはりうまくいかない。
 夕飯の食材を買いにスーパーに行くと、やけに取扱商品の幅が広く、食料品のみならず衣料品や日用品なんかもたくさん置いてあって助かる。片隅にはなんとテントまで売ってあった。ためしに幾らか聞いてみると、なんと13ユーロ。え!?安い!!今後の北欧の物価などを鑑みるに、これはもう買いであろう、ということでテントとマットレス代わりのシートを購入する。あとは寝袋を手に入れさえすれば、もう駅のベンチで寝なくてもすむじゃないか。近いうちに買おう。