カテゴリーアーカイブ ノルウェー

おわりに

 これで僕が26歳の終わりに行った旅行の話はおしまいです。この後ストックホルムで僕は27歳になり、翌日、日本への飛行機に乗り込みました。
 日本しか知らなかった頃よりも、日本のことが好きになった気がします。
 それはもしかすると、今までよりも少しだけ客観的に見たり比較することのできる物差しのようなものを知らず知らず手に入れたからだろうか、と思います。
 とりあえず関空のキオスクで缶コーヒーを買って味に感動し(あまり缶コーヒーって売ってなかったか、あっても恐ろしくまずかった)、おばちゃんに「ありがとうございました」と言われてまた感動しました(買い物してお礼を言われた!!)。日本はやっぱり良い所を沢山持っている国です。
 気前よく送り出してくださった会社の方々、旅行中に出会った皆、メールをくださった人、コメントを書いてくださった人、そして遅れに遅れたこのブログを読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
 しばらくしたら猫日記始めます。

ノルウェー、ナルヴィク駅にて

終点、または通過点

–ノルウェー、ノールカップ

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 北緯71度10分21秒
 垂れ込める雲から時折青い空が覗く。容赦なく吹き付けてくる海風は立っていられないほど。
 ノールカップの岬に到着した僕はレンタカーからカメラを出し、三脚を立ててシャッターを切る。
 船が到着したのはその日の昼で、ホニングスバーグという町の港に降りてまごついていると、ノールカップ行きのバスを逃してしまったようだ。ここホニングスバーグは最寄の港町ではあるけど、北端である岬の40キロも手前だ。そしてノールカップ行きのバスは一日一本のみだという。ヒッチハイクを試みるもさっさとあきらめ、いっそのことレンタカーを借りることにした。どのみち帰りの船は明日だし、車だったら夜も明かせるだろう。国際免許証を持っていないのが気がかりだったけど、日本の免許証で簡単に貸してくれた。ゆるい。
 ノールカップへ車を向ける。町を離れるとすぐにほとんど家もなくなり、岩山と丘と森と草原と湖だけの荒涼とした風景が広がる。雲間から差す低い日の光が湖に反射してまぶしい。一台も車が走っていない道は、風で少しハンドルが取られる。延々続く草原には時折トナカイが現れる。これがヨーロッパ最北端の風景。すごく寂しくてすごく幻想的である。
 ノールカップには建物がひとつ建っているだけで、しかも閉館時間寸前だった。コーヒーを一杯だけ飲ませてもらって、地球儀のような形のモニュメントがある岬の突端へ歩いていく。切り立った崖の柵の向こう側は、暗く荒れた海に厚い雲が立ち込めて、絶えず突風が吹き付ける。正直旅の終わりという感慨もくそもない。でももうこれで次の目的地はない。旅の終点。
 この後は来た道をストックホルムまで戻り、そこから飛行機で日本へはたったの一晩で着いてしまうことがただただ「科学ってすげえな」と思わせる。それはそれとして、僕の旅──次の目的地への前進──は終わったということになる。もう目的地はない。
 もうない?
 またもや僕はこれまで出会った人や、移動を繰り返した日々を思い出して考えた。僕は偶然日本で生まれて、そこで暮らして来ただけに過ぎない。他の国に生まれていたらどうだった?
 日本に帰るということは僕にとってどういうことなんだろうか。
 次の目的地を決めた。
 次の目的地は日本だ。これまで通ってきたいくつもの町と同じように訪れ、ただちょっと自分にとって暮らしやすい国だから長めに滞在しようと思っている。
 そしてまた出発する日が来るかもしれない。それまで家を借りて、仕事をして、猫を飼って、もしかしたら結婚して、次の出発の日は来ないかもしれない。そうでないかもしれない。
 でも、それはどの国でもそうだった。
 そして、やってみて出来ない事や行けない場所はそれほど多くはないということも、沢山の旅行者から教わった。
 となるとここは最後の場所でもなんでもない、ただの寒い場所だ。もう行こう。
 そして僕はまた2日かけてストックホルムへ戻り飛行機に乗るのだ。

ノルウェー海の虹

–ノルウェー、ホニングスバーグ

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 ルーカとヴァレンチノに感謝と別れを告げてフェリーに乗り込む。
 ノールカップ方面へのバスは一日一本、夕方しか出ない上に直でノールカップには行けず、けっこう手前の街、アルタまでだという。どうしようかとインフォメーションをうろついていると「船でいけばいいじゃない」。
 船か。結構な値段がしそうだな、と二の足を踏んでしまうけど、まあもうすぐ帰るんだしケチってても仕方ないかと思い返す。なによりベッドで寝たい…と言うわけで優雅に「ナルヴィク号」という船で(しかもキャビンで)ノールカップを目指すことにした。片道20時間。
 チェックインしてシャワーを浴びて泥のように眠り、目が覚めると船はフィヨルドを横目にノルウェー海を突き進んでいるところだった。
 ときおり雲の隙間から日が差し込み、強い虹が出たり消えたりしている。その向こうに見える小さな島にいくつもの白い豆粒のような動物が見える。白熊だ。急な崖をゆっくり歩いている様はインドで見た羊みたいだ。
 これから冬が来ると、あたり一面真っ白になってしまうんだろう。
 それを見ることはなく、僕の旅はじき終わる。

最後の国

–ノルウェー、トロムソ

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 車でアビスコを訪れていたルーカとヴァレンチノの厚意によって、ノルウェーのトロムソまで一緒に乗っけて行ってもらえることになった。
 オーロラを見に行くという目的で出たこの旅行、もう目的は果たしたけど後一つだけ行っておきたいところがある。それはトモチカ夫妻に教えてもらった、ヨーロッパ(ほぼ)最北端の岬ノールカップだ。北の端まで行って旅行を終えるというのはなんだかキリがよくていいな、と思っていたのだった。それにこんなに近くまで来たならノルウェーもすこし覗いてみたい。
 ルーカが突然車を停める。
 「Photo!」
 見るとそこはノルウェー国境だった。
 アジアのものものしい国境に比べるとあまりにも「らしくない」国境に、ヨーロッパではいつも拍子抜けしてきた。通貨はユーロでなくとも北欧もやはり同様で、正直、国境というよりは県境程度にしか見えない。ともあれここからはノルウェーだ。
 北極圏最大の都市であるトロムソは夏には白夜を体験できるらしいが、もうシーズンは終わっている。それでも夜11時くらいまで若干西の空に明るさが残るあたり、緯度の高さを感じさせる。
 トロムソのユースはあろうことかシーズンオフで閉まっており、仕方ないので近くのキャンプ場へ向かう。久しぶりにあのテントの出番だ。
 「おいこのテントで寝るのか?」ルーカが言う。
 「うん。いちおう雨は防げるよ」
 「クレイジー…」
 まあ僕だってコレで寝たい訳じゃない。